作文練習

真理を記載しています。

代謝

切られる爪や抜け落ちる体毛、水に流される便などを見て、これらはさっきまで「自分」だったんだよなと思う。

毎日毎日自分を入れ替えながら生きていて、それでも自分は自分であると思い込んで生きている。仮に爪をすべて剝がしても体毛をすべて抜いてもそれは変わらない気がする。自分は自分のままだ。ここからじゃあどこまで取り除いたら自分じゃなくなるかという話になると砂山のパラドクスに陥っていく。しかしそもそも数年前と現在の自分を比べたら全く違う物質になっているのだから、パラドクスにすら至らない。別のものを同一と信じながら生きている。

切られる爪はどんな思いなのだろうという詩的な感情に襲われることもある。勿論爪や体毛に脳はなく言語もないのでそんな心配をする必要はないのだけれど。じゃあもし自分の身体が縦に二つに裂けて、どういう訳かそれぞれが独立に生命を維持できるようにされて、それぞれが独立に思考するようになった場合、左半身と右半身、どちらが自分なのだろうかと考えてしまうこともある。

実はこれに似た現象は割と頻繁に起こっている。ある思考体が複数の思考体へと別れていく現象、それが生殖だ。生殖は一種の代謝のように見ることが出来る。新しい身体から古い身体が剥がれ落ちていく工程。しかし爪を切る作業と異なるのは、古い身体の側も思考を持ち続け、しかもそいつは自身が本体だと考え続けることだ。

こういう面白い現象を体験したくて、世界中で生殖が流行っているのだと思う。